2019年07月01日

地方銀行の危機 (週刊ダイヤモンドの記事をまとめる)


地方銀行の危機

(週刊ダイヤモンドの記事をまとめる)

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銀行だと堅い仕事であり地方ではエリートで安定して評価も高かった
それでこの辺で東邦銀行に孫が就職したと自慢する人がいたのもわかる
地方では大企業などないから公務員と農協職員とか銀行とかに就職すればエリートとなっていたのである、ともかく倒産するこどなどないからである
そこで地方で結婚して安定した生活ができる
正直地方で田舎で生活するにはもともと資産がないと生活しにくいのである
東京と違って底辺だと目立つのである、だから肩身が狭い思いをするのである

自分自身も銀行というとき何か堅い職業で安定していると見ていた
実際私は銀行についてわからない、何か職業で一番わかりにくいのが金融関係なのであるそこで株などしていると世界情勢とかが関係してくる
するとそんな話になるとこれは相当な知識が必要になりその他いろいろな専門知識が必要でありわからなくなる
だから株などに手を出すなとなる、そもそもわからないからである

それで私は金融のプロですからまかせてくださいと地銀の営業の人が言うからまかせたのである、第一株をするにしても投資信託でもどんな銘柄がいいかなどわからないからだ
株式をいつも見ているわけにもいかないからである
だからこそプロにまかせるのである
でも地銀は投資信託のことはほとんど素人だったのである
その素人がすすめているのだから儲かるわけがないのである
地銀は証券会社からすすめられるのを適当に選んで売りつけるだけである
あとは野となれ山となれ投資信託だと確実に手数料がはいる、売ったり買ったりするとさらに手数料が入る
どこかの会社に投資して失敗して損することなど絶対にないおいしい商売なのである

それで私が悔しい思いをしたのはリーマンショックのとき半分になった株をもっていた
それをちょうど元の値段に回復したとき投資信託に勝手にまわして損したのである
そのままにしていれば株が上がりかなりの収益を得たのである
それ以来銀行は信用していない、銀行はそもそも窮地に追い込まれていたから何でもいい客のことなどどうでもいいと投資信託を売りつけるようになった
それで2000千万とか銀行を信用して損したばあちゃんがいた
詐欺と変わりなかったのである

追い詰められた人間は会社でも何でもする、悪いこともなにもなくなる

このことを何度も書いてきた、そういう追い詰められた人たちが自分の介護と病気の時に来てひどいめにあったことを書いてきた
その一つにまた加わったのが銀行だったのである
それは意外なことだったのである

何か銀行はこの辺で原発事故などで多額の補償金が入って金が銀行に貯金されたと思ったがそうではなかった、会社でもその補償金は銀行に回らずに使われていたのである
ただ銀行の仕事は何なのか良くからない、地銀とか信用組合になると地元の経済に貢献する、会社を育てるとか地域のために金を集めて経済を活性化するものとみる
それが高度成長時代ならうまくいって貯金していると倍にもなったのである
今は全然違う、利子はつかない、投資信託を売りつけられて損するとしかない
地域にも貢献しないから地銀は不要だとなる
金でももう銀行で出し入れしないとかIT化してゆき苦境になる

つまり銀行の苦境は日本の経済の苦境でありさらに地域経済の苦境なのである
ゾンビ企業が地方に多いというときもそうである
そういう企業とかかわっても銀行はリスクになるだけで利益をあげられないのである
つまり地銀が危機になるということはまた地域の経済も危機となる
それはまた日本全体の経済の危機となってゆき日本が貧困化してゆくことなのである

そして金をもっているのは株でも投資しているのは70代とかなる、老人が金融資産をもっているからそこで狙われてすすめられているのである
そして自分のように損したりする、それも高齢化社会である
つまり銀行はやがてそうした金融資産をもっている老人もいなくなり貯金する人もいなくなるともなる
その金融資産が東京に住んでいる子供に相続されるから地銀などに回らなくなるとか言っている

いづれにしろ銀行とは何なのか?銀行の役目は何なのか?
それは地銀なら地域の経済に貢献することである
その集めた資金は地域のために使うのは基本にある
そうなら銀行に預けてもうけがさほど出ないにしろその金は有効だったとなる
自分自身が相馬郷土史研究とかのプログの趣旨も地域に報道関係で学問であれ芸術であれ貢献するという趣旨があるからである
そこで地銀というのもそこで関連しているとはなる
ただそうはいっても自分の場合はその影響は微々たるものであり認められていない
ただそういう趣旨があってプログで伝い書きつづけているとはなる
だから何か会社でもただ利益を出すということではなくその前に社会に貢献するという趣旨があり成り立つ、それがなくなりただ金を集めてその金を地域に還元しないとなれば何なのだとなってしまうのである

ダイヤモンドに書かれた記事をまとめてみた

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ゾンビ企業が多いということは銀行でそういう会社に資金援助しても還ってこないということである
それだけ地方で起業でももうからない、利益が出せない時代である
そのゾンビ企業を整理しなければならない、そういう厳しい時代になっている


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地銀の「地元」とは株主は必ずしもイコールではなき、そこに地元のために
ということと矛盾が生じる



ここに福島銀行と大東銀行がでている、この二つの銀行は危機であり合併するとか言われるが両方とも収益が全国レベルでもワースト10に入っている、だから合併するメリットがないとしている
福島県で残るのは東邦銀行だけだとしている、そして70代とかの人に投資をすすめるのは金融庁ではいましめている
投資というのは長い期間で見ないと損得がわからないのである
それでリーマンショックのときもっていた株が半分から元にもどりさらに上がった額が大きかった
それが地銀によって損させられたのである、それはとりもなおさず地銀が追い詰められていたからである
こういうふうに追い詰められた個人でも会社でもそうなると恥も外聞もなくなる
なんとか会社を維持するために何でもすることになるから危険なのである

そういうことで自分がどれほど被害にあってきたか書いてきた
自分の家が大金は盗まれるは借金は要求されるわ、弱った時責められつづけたからである
今でも困窮者の一人に要求されている、そういうことは日本の貧困化とか地域の衰退がこれからもっとひどくなる
老人の金融資産も取り崩すので貯金もへって銀行には回らなくなる
そしてこの辺では10年間の震災の国の援助が終わる、その時財政的に相当追い詰められるとしている
だからそうして追い詰められると周りの人にも影響が大きいのである
田舎では地方では東京のようにはならない、金をもっていれば目立つし危険な状態になるから安心して暮らせなくなる
そして地方だけではない日本全体が治安が悪くなる、とにかく追い詰められた人間は本当に怖いからである
そういう人か巷にあふれたら今日食べるものがないとわずかの金でも殺されるという恐怖社会になる
その時裕福な人でも安閑とはしていなられない社会になる、だから富裕層でも格差社会は危険だから真剣に対策しないとその危険が自分のように及んでくることを覚悟しなければならないのである


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銀行の歴史をふりかえり新しい銀行はどうなるのかを考える


  銀行の歴史をふりかえり新しい銀行はどうなるのかを考える
  
  「生糸から軍艦が生まれる」というほど製糸産業は重要であった。生糸の生産・流通は、養蚕農家からの繭の購入、選繭・煮繭・繰繭・揚返による製糸、生糸の倉庫への保管と横浜・神戸への運搬、海外への輸出というプロセスを辿るが、このそれぞれの過程でファイナンスが必要であった。これに対し、ある地方銀行は、智恵を絞り、繭・生糸・不動産を担保に、当座貸越や手形貸付の形態で製糸会社に資金を供給したそうだ。

徳島は銀行の歴史も藍商人から


頼母子講や無尽などの考察

「無尽」の行為自体に関する法律は現在まで存在しない。
石川県加賀市の特に山中温泉地区、山代温泉地区では預金講(「よきんこ」と呼ばれる)という無尽が今も盛んである。これは蓮如が信者に講を勧めたことの名残りとされるが、現在では浄土真宗の信仰とは無関係である。特にこの地域で無尽が発達した理由には零細な旅館業者や山中塗の問屋、個人事業主である職人が多かったことから、金融機関に頼らずに相互に金を融通しあう組織が必要とされたことが大きいとされる


銀行は預金者からお金を集め
それを人に貸すと言う点では
一見すると
「頼母子講」の仕組みと似ていますが 

お金を集めている団体が 
営利を目的としている点で
大きく異なります  

集団的な知恵と工夫の産物として成立・発展したと考えられる。 これをソーシャル・ビジネスに当てはめると, その成立・発展において重要な要素は, 個性的な起業家だけでなく 地域社会などを基盤とした集団的な知恵や工夫であると思われる。

無尽・頼母子講

銀行の危機というとき銀行がそもそも何か?それがわからないと対処できない
近代的銀行の前にその前進となるものは鎌倉時代からでもあったからだ
金貸しというのは古い時代から存在していたのである
貸すとか借りるということは古い時代からあった、人間のやりとりでもモノとモノを交換することがあった、その交換から貨幣が必然的に生まれてきた
ただ貨幣の発生はそれだけではないからそれは仮設であり貨幣の発生は交換するためではない、貨幣そのものが石の貨幣のように価値がある威信財だったという説もある

なぜ銀行とか金融がわかりにくいのか?
それが経済的行為が抽象化されてきたためである、抽象化というときそもそも文字が抽象化の最たるものでありまた数字でもそうである
楔形文字時代に一つとあるがその一つとは必ず何かの物と対応されていたのである
具体的なものだありそれが一つであり二あれば二つが対応する
それを数として抽象化することには相当な歳月を要している
それだけ抽象化ということは高度な知能の進歩だったのである
それでエジプトの書記が神のような権威と力をもったことも理解できる
小麦でもその数量を把握することで力を持ったとなる
今なら官僚が膨大な生産物を数量化して予算として貨幣で配分するから力をもつ
年金でも税金として莫大な金を集めてその金を官僚がネコババしているとか言われるのもそのこためである、官僚の取り分になってもその数字を操作できるからそうなっている
財務省でもそうである、その莫大な国民の税金がどう使われているのかわかりにくいからである

銀行がなぜ今危機になっているのか?
それを歴史からふりかえると銀行はそもそも明治以降は零細な個人事業者ではない
江戸時代は個々人が零細な事業者である、明治以降は会社組織になったから規模が大きくなった、だから金の額が大きくなる、それで頼母子講のように少額の金を流通するようなものでは金が回らないから銀行が生まれた
四国では藍の産業が交流して全国に売れた、福島県の須賀川まで販路を伸ばした
生糸産業は「生糸から軍艦が生まれる」というのはまさにそうだった
今でも兜作りの養蚕の家が全国いたるところにある
養蚕が国を作っていたのである、原町の原町紡績は有名である
私の母もそこで十年間糸取りとして働いていた、女性の働き場としてもあった

それが鉄道とも関係していたのである、原町紡績に鉄道の引き込み線があり生糸が横浜まで積みだされていたのである、横浜からアメリカに輸出されていたのである

1929年アメリカから広がった世界恐慌により生糸が売れなくなりました。さらに、1940年には生糸の最大の輸出先のアメリカで、生糸に代わってナイロンが使われるようになりました。その後、低価格で大量生産ができるさまざまな化学繊維が開発されるようになりました。

私の母の実家は原町であり原町紡績で十年間働きどうしてか姉は家の事情で横浜に行った姉も紡績工場で働いていたのか?そして父親は機織り工場を失敗して悲惨な結果になったのである
ここで言いたいことはそれだけ養蚕にかかわる人が多かった

早くから蚕糸業が発達していたのは、なんといっても奥州(福島県)の信達地方(福島市、伊達郡)でした。すでに江戸時代初期から桑や蚕の新品種が吟味され、 天和 年間(一六八一〜八四)から 元禄 年間(一六八八〜一七〇四)には、「 赤熟 」や「 市平」といった蚕の新品種が選び出されています。これは明治期に至っても使用されました。上州(群馬県)では、十七世紀にすでに各地で生糸市が開かれていますが、元禄年間以降、近江商人の進出が活発になり、「登せ糸」が送られるようになりました。さらに信州(長野県)では、上田地方がもっとも進んだ地方であり、 寛文年間(一六六一〜七三)には、藩が問屋から 紬(上田紬)を買い上げており、すでにこちで絹織物業がある程度展開されていたことがわかります。

江戸時代から素地があった、信州とか関東とか東北の阿武隈高原地域とかが盛んだった
とにかく兜作りの家が多いのである 
それで養蚕で財を築いた店の中に銀行が置かれていた映像を見たことがある
つまり銀行とは頼母子講のように個々人の零細な人たちのものではなくこうして大きな事業をして成功した人が作るようになった
それは四国の藍でもそうである、鉄道ができたことにより全国展開できるようになったからである、交通の発達によりそうした地域の産物でも全国に売れるようになりそこで財を築くようになったのである、商品化するのは交通が発達しないとできないのである
いくらいいもものを作ってもそれを売るには交通が発達しないとできないからだ

銀行の起源は近代になるとこうして大きな利益をあげた会社組織が銀行を作った
それでさらに別な事業資金として投資された、だから銀行というのはこうして新たな起業があるとき資金が必要でありそのために設立されたのである
今でもクラウドファンディングがそうである
これは個々人が個人の起業に金を出す仕組みであり小規模なものでありそれをインタ−ネットが可能にしたのである、それは江戸時代の頼母子講とか無尽とにている
ただ投資してもその見返りが期待できない場合があるから寄付金ともなる

銀行というときこうしてまた江戸時代のようなものに回帰してゆくことがある
歴史が逆戻りするということがある、でも歴史は繰り返すといっても同じにはならない
インタ−ネットが生まれてそういうことが可能になったからである
それは藍の産業でも生糸でも交通が発達して商品として全国に外国に売れるようになったのとにている

こうして歴史をふりかえると銀行の役割とは何なのか?
藍の産業でも生糸の産業でもそこで資本が蓄積されてその資本を基にまた他の事業を展開するために銀行が生まれたとなる
銀行には両替とか金貸しとかの旧来の機能もあるが本質的には何か新たな事業を起こすときに資金を提供してその見返りとしてその利益の分配を受けるとなる
その資金はもともとは藍の産業でも生糸の産業でもそこでもうけたもので資本蓄積して次の事業に投資したとなる
その時一般人から貯金を集めるということはなかった
それが一般人から貯金として集めるということは実はその金を基にして地元であれ事業者に投資してその見返りとして利益分配を受けて利子として預貯金者に返すという仕組みだったのである

とういことは実は銀行に貯金することは預金者は利子をもらうことしか意識していないか銀行にあずけることは投資することなのである
銀行にあづけて利子をもらうということ自体がそういうことになっているからである
実際に利子もつかないとしたら別に銀行にあづける必要もない、貸金庫が銀行の役割となりそれは銀行でなくてもできる、銀行の仕事はそれより高度なものである
それで銀行自体が事業を起こすとういことも起きてくる
それだけの金があるのだから自ら事業を起こすのは合理的だとなるからだ
でもそれができていないのは事業で成功することが至難だからである

小規模なものになると20人起業して一人しか成功しないとなっているからである
こうして銀行を考えてみると銀行が優秀というより事業を起こして成功する人の方が優秀だしそういう人がいなければ銀行も成り立たないとなる
高度成長時代は別に優秀な人でなくても条件が良くてみんな成功していた
だから銀行も利益の配分を受けて預金しているだけで高い利子がついていたのである
それでそういう経験している人は銀行は信用されていたのである
それで投資信託をすすめられたばあちゃんが2000万損したという時銀行が時代の変化で変わったということを知らなかったのである、それは自分自身もそうだったのである
何か急速に時代が変わるらか追いつけなくなったのである

ここで自分が探求しているのは銀行とはどううい存在だったのか歴史をふりかえって考えたのである
明治時代とかは藍の産業とか生糸で儲けた会社が銀行を設立した
それから銀行は一般の人から金を集めて事業者にその金を貸して事業を推進させる、成功させてその見返りとして利益配分を受ける、その利益を今度は利子として預貯金者に配分していたのである
だから地銀というときその地域地域にあり地域から金を集めて資本金としてそれを事業者に貸して見返りとして利益配分を受けて預貯金者に利子として配分していた
その株主は地域の人たちなのである、それがメガバンクなととの相違である
それは信用組合とかでも地域に根ざした金融機関なのである
株主は地域の人たちだからである

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だからこういうことを言うのもわかる、大企業は別に地元の人が株主ではない、グロ−バル化経済になると世界の人が株主になっていて利益配分される
メガバンクとかも地域の人たちが株主ではない、全国の人であり外国の人も株主になりうる、それで会社自体がグロ−バル化すると外国の株主にのっとられるとかなる
そういうことが地銀とかではあってはならないものとして設立された
つまり地銀の目的とか設立趣旨はそうしたグロ−バルに展開するものとは違っている
でも現実にはグロ−バル化社会になるとその要請が強くなる
それで大東銀行ではブラジルに支店を置くとかしたのはブラジル人が日本から送金するからである、それはブラジル人も福島県で働いているからだとなる
どうしてもグロ−バル化しているからそこに商機が生まれとなる

ともかく銀行でも時代の変化に対応できない、銀行の形態が変わるという時、それにどう対応していいかのか?それが見えない、そこで当座の利益獲得として投資信託とか株を売りつけるようになったのである
それは本来の地域経済から離れたものとなる、ても利益を出せないということでそうなる何か利益をあげるにしても実際は利益を出すということが現代ではむずかしい

自分自身でも小さな畑を荒地にしておくよりいいからと援助したってその人は70近くで体が悪いし畑をうなうにも人を頼んだり種から肥料から必ず作物が盗まれたとかブヨに食われたとか草が生えて根が深いからとりようがないとか延々と文句を聞いているだけでありそれで投資して得たものはキュウリ二三本と数個の野菜だげである
それで実際投資している額が十万とかなったら一本一万以上しているともなるのだ
そんなこと普通は続かない、ただ荒地にしておくよりはいいとしても利益などでない
それよりそこで利益を出すとういことは全くありえない、相当な赤字でありつづけられなくなる

現代は高度成長時代でないから何かそうして投資してもうけるとうことが至難になっているのだ、だからこそもう銀行は用がないとなる、それは会社としてもそんな零細なものではない、それなりに小規模でも中小企業でも社員が5人以上はいるとかのものである
5人いても給料を払うとなるとそれだけの利益を出さなければならないからだ
第一もう資本主義が成り立たないという時代ともなっている
何か投資でも飽和状態になっている、投資先がないとかなっている
こういう時代は今までの何でも発展するとか成長するとか量の拡大路線は無理になる
それで中世に還るとか江戸時代に還るとかなるというときそこでは小規模な個々人の起業だからである

それで個人がインタ−ネットでクラウドファンディングしているのがまさにそうなのである、そんなところに銀行では金を貸さないからである
まず利益配分が得られないからである、でも銀行はそういうことでもう必要ないともなる時代になる、ただ何か新しいビジネスを開拓できるのか?
それはなかなか自分のような素人にはわからないが歴史をふりかえると銀行とは何かが見えてくるのもがやはりあったから歴史の勉強は欠かせないのである




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2019年07月02日

元銀行員の生き残り戦略としての地方移住のプログで思ったこと (田舎志向と都会志向)


元銀行員の生き残り戦略としての地方移住のプログで思ったこと

(田舎志向と都会志向) 

元銀行員のプログ


●産業革命による世界的異常な人口の増加

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1802年 10億人
1927年 20億人
1961年 30億人
2015年 73億人

人口が日本の戦後から世界で倍増している、グラフをみても人口は世界で増えていない
産業革命があり突然鰻上りに増加した
日本でも江戸時代は3000万とか明治で4000万とか大正で6000千万でありその時東京は百万くらいでありそれで都会まで讃歌されていた時代があった
その時の人口でいうと新潟県の人口の方が東京より多かったのである
まずこの人口からして産業革命のもたらした影響は甚大だった
これだけの人口が増えるということは世界でも地球環境でも計りしれない影響を及ぼしたのである、だから少子高齢化というけど人口が減ることはこうして極端に増えたことの揺り戻しであり異常ではないともみる

要するに世界的にみてもグロ−バル経済となり世界的環境破壊が起きても当然だった
そこに資本主義が絶大な力を世界で振るうようになった
それが世界的環境破壊になった、貴重な熱帯林でも破壊されてオランウータンの住む森が破壊されて住めなくなったとかある
木材資源として森は切られたのである、またそういう技術があり根こそぎ森が破壊されることにもなった
原発でも二酸化炭素を出さないとか言われたが事故でわかったように環境を致命的に破壊して人を住めなくしたのである
ここで多国籍グローバル企業が国より大きな力をもち開発した
その多国籍企業に資本主義によるマネーが流れたのである、そこに銀行も投資した
銀行はグロ−バル経済の中で投資されるのと地銀とかとは別である
メガパンクだと武器製造会社とか悪徳ビジネスといわれたものにも投資して株主となりもうけたとかある

そして今なぜ資本主義が行き詰まっているのか?
それは当然ではなかったか?もうこれだけ人口が増えて環境破壊もされるとき地球が悲鳴を上げているとなる、地球の資源は限界でありこれ以上資本を投下して開発したらもう住めなくなるとまでなる
人口も限界にきている、何か地球全体で成長とか発展は望めなくなっているのだ
だから必然的にダウンサイジング縮小経済に向かわざるを得なくなる
これ以上経済成長することは地球で許容できないところにきているからだ
すると銀行が投資先がなくなるとか用がなくなるということはまさにそれを示している
資本主義と銀行は密接に一体化していたからである
資本を投下する、資金を集めて投資するという資本主義の基本ができない状態になっているからだ、それで銀行はいらないというときそれは資本主義が限界にきているからだ
むしろ江戸時代のような小規模の助け合いのような頼母子講とかの金融が別な形で必要となる時代である、それは中世への逆戻りだということにもなる

●田舎志向が増える時代?

田舎志向が増えるという時、都会より田舎へ心でもシフトしてゆく、モノより精神的豊かさを求めて田舎志向になる時代ともなる
つまり経済成長とか量だけで計る経済から質で計る経済生活を志すとき田舎志向になる
もともと林秀彦が言っているように大陸国家は量の文化であり日本は質の文化だとてしている、大陸国家は中国でもあれだけ人が多ければ数で圧倒する国である
その大陸の広さと量で圧倒する文化になる、それは大陸で共通している
日本のような狭い国では質を追及するとういのもわかる
細部にこだわるというのもそうである、巨大な神殿とか大聖堂は建てられないのである

奇妙なのは都会人に強烈に田舎に憧れて田舎志向になる人がいる、山尾三省などがそうだった、こういう人は田舎に住んでいる人より田舎志向になる
都会が嫌になり田舎を渇望してパンすら贅沢だとしていた、最低の原始的生活をして妻も本人も60数年で死んだ、今なら早いとなる、それだけ過酷だったともなる
こういうふうに強烈に都会に住んでいたものが田舎志向になる
逆に田舎の人間が都会志向になる、東京に憧れる、そして現実は田舎に住んでいる人は都会志向が多いのである、なぜなら田舎の人は東京と同じような生活をしたいとして家と車を競っているからである   

家でも借金しても立派な家を建てる、クルマでもいいものを持ちそれが田舎のステータスになっているのだ
だからこそ原発でも金になるから歓迎されて積極的に誘致されたのである
その時双葉とか大熊辺りは働く場がなくて出稼ぎ地帯だったから地元で働く場が欲しいとなり原発を積極的に誘致したのである
原発は金の成る木だったのである、それは漁業者でも事故前も補償金が入り船主が原発御殿が建ったとかうらやましがられていたのである
事故後もそうである、補償金は継続されるから金に困ることはないのである

つまり田舎だから田舎志向だとはならない、田舎はむしろ都会志向が多いのである
だから農業は金にならないとかやらないで耕作放棄地が増大した、震災以後この辺は荒地がまだ多いのはそのためである、高齢化で田畑でも跡を継ぐ若い世代がいないからであるそれは中小企業でも跡継ぎいなので廃業になるものがふえて日本経済への影響が大きいのである 
田舎志向の人は田舎ではかえって少ないともなる
事業した人も都会の金持ちの人をねらい別荘とかを提供するとか言っていた
事業の趣旨がそもそも都会志向であり田舎の土地を活かして農業するとか何かそれに付随するものをするとかはない、ただ都会に金持ちがいるからそこで金儲けするというのが趣旨なのである、これなども都会志向で事業を起こしたが失敗したのである

つまり田舎にはこうして事業するにも都会志向が優先になることが多いともなる
なぜなら里山資本主義で農業とか言っても林業とか漁業自体が金にならないとそれを受け継ぐ若い世代がいない、だからこそ原発は歓迎されたのである
だから田舎でも都会志向であり田舎志向の人は山尾三省のような変わり者になる
なぜなら田舎で車をもたないものはすでにそう見られているからだ
あいつはクルマももてない劣等者だとされるからである
パンも食べられない田舎に住むことを望む人間はいない
もっといい家もっといい車もっとうまいパンを食べたいもっとうまい・・・を食べたいとなっているからだ

●田舎の人はかえって都会志向である

このプログの主は銀行員だったが相当に田舎志向でありもともと田舎に住むことに適していた人だと思う
田舎に住んで田舎に適していなものも多い、だからみんな田舎に適しているとはならない田舎に住んでも田舎の人でも都会志向の人が多いのである
それがわかるのは別に仕事でも会社員がほとんどであり農業とか漁業とか林業に従事するのは一割とか少ないからである
だからこの人がクルマを持たないとか家は空家を活かすとかしているのもわかる
そこに都会志向がない、田舎志向を生活で実践する
それはそもそも田舎に住んでいるより田舎志向なのである

正直田舎がいいことばかりではない、田舎で人間関係は実際は嫌であり自分自身もだから田舎の人とかかわらず住んでいた、家族がいたから自分は何もすることがしないからそうできていたのである
でも家族がみんな死んだとき自分一人あらゆるものがふりかかってきて嫌な思いをしたからである、田舎の人は人間的にいいとはならない、むしろ都会の人が助け合ったりすることもある、田舎は姑息であり人情がないともなる
それは日本全体が外国暮らしから帰って暮らしたことでそういうことを痛烈に感じた人がいたからからわかる
今や日本人が情があるなどないのである、田舎でもそうである
だから田舎でいいとして暮らせる人はまた人によるとなる

ただ人間には都会志向と田舎志向が混在している
この辺では仙台が都会であり都会を味わうのは仙台だとなる
私が一週間に一回でも仙台に行っていたのは本を買うためだった
本が田舎では売っていないかったのだ、もうベストセラーとかしか置いていない
それもくだらないものだったが冠婚葬祭の手引書が百万部売れたとかあった
つまりくだらない本でも本屋に置かれるものは売れたとなる
それはそもそも本が田舎には置いていなかったからである

専門書など置いていない、この差が今ふりかえると大きかったなと思う
知的な要求は満たされない、非常に狭い範囲でしか物を考えることもできなかったと思うそして今になるとインタ−ネットで大学の学術論文でも読めるとなるとこのい差は大きいまずそういうものにはアクセス不可能だったからである
そこに厳然として田舎と都会の差があった、他にも物を買うことでもあった
今でも自転車は新しいものを知ることがむずかしい、仙台だと実物が置いてあったりするが田舎ではないからだ、東京辺りだと試乗もできるらか違っている
自転車は通販では買えない、修理とかあるからだ

いづれにしろインタ−ネットの普及は田舎でもこうした知的分野では追及できる
発信もほとんど無料でできる、だから田舎で知的に情報分野で遅れるということはなくなったのである、ただ人と直接会うとういことでは田舎では知的な人と会うとういことはまれである、でも本にしてもこんなにあるということに驚いたのである
それで今になって遅いが本を一か月10冊以上買っている
それも古本で安いのがあるから買えるのである、別に安くても内容があるから同じなのである

●田舎志向と都会志向の人の住み分けが必要?

だから田舎に住んでいると人は田舎志向ではない、都会に住んでいる人で強い田舎志向の人がいるし田舎に適している人がいる
だから

田舎に住んで都会志向の人は都会に住むべき

都会に住んで田舎志向の人は田舎に住むべき

こういう住み分けが必要なのかもしれない、なぜならそうしないとこの辺のように限りなく欲望を満たすことを望みそれが原発を積極的に誘致するようになるからだ
そういう人たちはかえって都会に住むべきだとなる、そうしないと田舎が田舎として保てないのである
ただ田舎でも都会志向があってもいい、でも限度がある
田舎に住んでももう欲望はきりなくみたそうとする、それが結果的に原発事故にも通じていたのである
そして別に故郷に愛着あると田舎に愛着をもつとかない、補償金をもらったかえって都会がいいとして若い人は流出したのである

そもそも田舎の若い人は都会志向が強よかったのである
一億円もらったらこんな田舎出て行きたいという人が多かったのである
だからかえって原発事故で補償金もらってチャンスとなって出て行って帰ってこないのである
そういう人は最初から田舎に住むべきではなかったのである
そういう人たちが住んでいるとまた何か原発事故とかこんなしょぼい田舎に住んでなにいいことあるんだとかなんとか不満があり原発を作れとなる、現実に大熊町長は原発再稼働を望んでいるからでる
要するにそういう人達が多いから町長もそうなるのである
田舎に住んでいてもむしろ都会にもともと住むべき人たちが田舎に住んでいることが問題なのである
もし都会でもこのように強い田舎志向がある人達が住んでいれば原発は作れないからだ
そういう人は都会的な文明的なぜいたく志向がないからである
何かそういうことを原発事故で考えさせられたのである



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2019年07月03日

気づかない人間の異常性 (原発事故にあった浪江の人の異常性)


気づかない人間の異常性

(原発事故にあった浪江の人の異常性)


震災以後一身上でも異常なことがつづいた、それは信じられないことだった
確かに家族が認知症になったのだからそれは本当に異常な病気だった
でも何か人間は異常性に気づかないのである
人のことなにかや言う前に自分自身の生活もつくづく異常だった
引きこもりだったということで異常だったのである
それを別にとがめられないから遂に人生の終わりまで引きこもりだったともなる
そううい人生を送れたのも異常だったともなる

こうした異常なことは震災以後その前の家族の介護からはじまっていた
自分自身自体が自分の異常性にそれで気づいたとなる
何もなければ自分で異常性を感じないとういことがある
人間の異常性は本当に気づかないのである
自分自身が異常だったが自分自身が気づかない
だから他人の異常をとやかく言えないこともある
人間は何か特殊な環境に住んでいてもそれが常態化する
するとその異常性に気づかないのである

社会自体が異常になることがある、それで実際にナチスが生まれたりカンボジアで200万人が共産主義思想の実践で粛清されて殺された
これも異常なことなのだがその時はそういうふうに見ないのである
日本の戦争だってやはり異常なものだったがその異常性には気づかない
そういう雰囲気に巻き込まれれば社会全体がそうなれば異常なことではなくなる
戦争に反対した人こそ異常になり特高につかまり刑務所に入れられたからである

仮設に避難した人たちが小高の人たちでも多額の補償金をもらい毎日パチンコ通いであったのも異常なことだった
なぜならその時自分自身が病気とか介護とかで苦しんでいたけど一切無視だった
もう仮設にはボランティアが毎日のようにきて応援していたからである
その時仮説の人たちは何をしていたかというとパチンコ通いだったのである
これも異常なことだった
そして借金に苦しむ事業に失敗した親戚の人がパチンコ屋の掃除をしていたのである
これも本当に異常な状態だったのである

そして常に原発避難者はかわいそうだかわいそうだとして特権者になっていたのである
自分は苦しくても金を要求されて責められるだけだったのである
ただそういう異常性にそういう当事者は気づかない、その時は気づかないのである
何が異常かもわからない、俺たちは被害者なのだから当然だと思うし避難する奴は人情もなにもない非情な奴らだとなっていた
それをマスコミも後押しするから何も言えなくなったのである

何が異常なのかは本当に人間は気づかない、別に原発のことでなくてもその人は異常人格者なのだけど社会ではそうみていない、その人は別に特別不幸な環境で育ったわけでもない、でも異常人格者になっていた、育ての母親が病気になっても捨てたのである
そこに事情があったとしてもその人はもう人間とは言えない
私の母親は継母にいじめられたが最後に施設でおかしくなったとき見舞いに行ったからである、そしてその継母も悪かったなと言って死んだのである

とにかく人間の異常性は気づかない、いつも戦争ばかりして人を殺すことばかりしていたらそれが日常になりその異常性にも気づかないとなる
何が異常か正常か平和な時代でも気づかない、カルト教団などでも異常なのだけどそれを異常とはしない、それだけの人数がいれば異常とは見ない
でも数が何百万人となるそれが異常だということは恐怖になる
誰も異常とは言わないからだ、そんなこと言ったらその何百万人が罰当たるとか攻撃してくるからだ

そしてまた一人異常な人を発見した
それは浪江の原発で働いている人だった
最初はわからなかった、異常ということがわからなかったのである
その人は原発に働いていたから詳しかったからそういうことがあったのかと聞いて納得した、原発の内部のことに詳しかったのである
ただなぜ廃墟の街に住んでみんな老人になって年金などもらえないのにそれに相当するものをもらった、良かった良かったいいことだけだとか言っているのはなぜだろうとふりかえる
廃墟の街でそんなことが言えるだろうか?
その周りの田畑は荒地になって荒廃しているのである
第一廃墟の街に住んでどこがいいのか、良かったのかとなる

そんなところで街が維持できるのか?電気でも水道でも整備できなくなる
そのためにも費用がかかるのである
それよりその人は根っからの都会人となっていたのだろう
回りの田畑が荒廃しているのが関係ないとなっていたからである
私の場合はそのことが一番ショックだったからである
いつも見ていた田畑がなくなったことがショックだったのである
確かに田畑で作物を栽培しているわけではなかった
でも田舎の風景は田畑があることで成りたっていたからである

その人は全くそういうことに目を向けていない
回りの自然と田畑に関心がないのである
それでこんな浪江の田舎町に二万人住んだのは原発があるからだったと言っていた
原発で成り立っていたと言っていた
つまり原発とともにありその他のことは関心がなかった都会人になっていたのである
東電に勤める会社員でありその周りのことには関心がなかった
なぜなら田畑があったとしても自ら生産にたずさわらない、その作物でも買うのはスーパーだから田舎でも都会人と同じなのである
そういう人がまた田舎でも多いのである、みんな農民でも漁民でもないからだ

ただそれも異常なことではなかったか?
その田畑に無関心だということが異常だったのである
そして田んぼが草ぼうぼうの荒地になったとき一番荒涼としたものを私は感じた
それで田んぼが回復して鷺がもどり蛙が鳴いた時感動した
蛙の啼き声がひびいたとき復興したのだと思った
それは田舎では蛙でも鷺でも自然とともに生きるというのが田舎だったということを再確認したからである、蛙などどこにもいんるではないか、でも一時蛙も田んぼなくなったときいなくなったのである、蛙の声が聞こえなくなったのである
つまり蛙が鳴いているとか鷺がいるとかは当たり前の風景である
でも田んぼがなくなったときそれらがいなくなったことで田んぼが蛙とか鷺とか他の生命とも一体となっている存在だと気づいたのである

その浪江の人は補償金ももらって老後も補償されたとかいいことばかりだったというのも異常である、廃墟の街に住んでそんなこと言えるのが異常だともなる    
もし食料でも他から入らない時代だったらこうはならなかった
自分たちの食べるものがない、食べるものが汚染されて食べるものがなければ住めないとなるからだ、でも金があれば食料が他から入ってくるから感じないのである
つまり周りの田畑が荒地になっても関係ないとなっている
それは都会人になっている、都会には周りに田畑がないからである
でも食料は外国からでも全国か入ってくるからまわりに田畑がなくても関係ないのであるだから今はみんな都会人になっている

ということは全く周りの自然とか田畑とかはないのだから無関心になる
食料は世界中から入ってくるから日本の農業も関心ないとなる
それは田舎でもそうなのである、農業にたずさわる人は一割もないとか少ないからであるただ大都会で地震とか大災害になったときどうなるのか?
水もないとか食料もないとか燃料もないとかなる
2011の震災では津波の被害にあった所では裏山の清水を飲み木をきって木材を燃料としてしのいだ、それが都会ではできないのである
たしかに外からの援助があるとしてもその間にしのげないともなる

ただこの人も自らの異常性に気づいていないのである
人間はとにかく自らの異常性に気づきにくいのである
何か正常化のためには対比しなければ気づかない
戦争ばかりしていたら戦争のない所で国で暮らして正常を知るのである
クルマ社会でも異常とも見る、それと対比するにはクルマのない社会を知ればわかる
またクルマのなかった時代へもどってみるということでその異常性に気づく
そうでないとクルマ社会になっていればそれは当然だとなってしまうからである
そしてこの世のこともわからない、天国があるとしてその天国と対比してこの世がある
この世がいいものだというときそれはこの世にある悪とか暗黒が見えなくなっている
この世で崇められる人間は実はサタンであるというときそうである
この世で力を得るのは神ではない、サタンだとなるからだ
だからこの世が住み心地いいというときその人はサタンの一族に組み入れられているともなる、普通はこの世では苦しむ場であり悲しむ場になっているからだ

ともかく日本人を的確に見れるのはかえって外国で暮らした人である
その時日本人を外国の対比でみるから見えるのである
日本人の異常性とか特殊性とかいろいろ対比して見えるのである
日本のいい面でも悪い面でも明確に見えるのである
日本人の中に暮らしていたら異常性も見えないのである
それは日本で暮らしていたら正常なことになるからである
また地獄があり天国がある、常に対比してしか見えないのである
善と悪でも善ばかりの世界にいたら善そのものも意識できないのである
異常と正常も同じである、何が異常なのかそれも正常と対比してしか見えないのである

自分のことは他人を通じてしか分からない

まさにこれだったのである


交通事故発生(近くの十字路)


交通事故発生(近くの十字路)


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近くだったのでびっくりした、そこはいつも自転車で通る場所だった
交差してぶつかったらしい
ここは横から来るのが見えない、それで自転車でも横切るとき車がくる
でも徐行するから自転車だと止められるから事故にはなりにくい
クルマはすぐに止められないからそのままぶつかる事故になりやすい
急ブレーキでもまにあわないのだ

ここの停止線はあっても消えていた、標識ではないが規則的に一時停車する場らしい
何か交通標識とか規則はめんどうで守れないということを言う人がいた
要するにどんな所で事故が起きるかわからないのである
いくら注意しても事故は起きる

今回はスピードを出さない場所だから大きな事故にはならなかった
何か前も十字路で事故を起こしたのを見た
そこは見晴らしいいのだが車は早いから交差するとき事故が起きやすい
右田の方でめったに車が通らない所でも交差するところで死者が出た
交差するところは事故が起きやすいということである
それはスピードが速いと大きな事故になる
でも車は重量があるから衝突すると衝撃が大きいのである

どっちも前が損傷している、でも交差したとしらそうなるのか?

話を聞いたらやはり横から出てくるのが家の陰になり見えない
それでここは気をつけていたという、事故を起こしたのは近くの人だったからである
自転車だったら急停止してまにあうがクルマだと間に合いないことが多いから事故になりやすいのである
交差するところは要注意となるがそれだってどこでもあるから事故はさけられないのだ

posted by 老鶯 at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

夏の日(田舎の魅力は小径にある)


夏の日(田舎の魅力は小径にある(詩)

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伸びて咲く遠くの山や立葵

我が家の庭に四十雀飛び入りてめずらしきかな心はずみぬ

故郷の小径に真昼の日のさして行く人なしも蝶のとまれる

夏日さし道しるべあり道の辻日立木まで三里半かな

歩くなれ道は遠しも昔なり道標ここに夏の日さしぬ 

ふるさとの小径を行けばひそけくも菖蒲の咲きて一日暮れにき

トオスミの息をひそめて羽の透き草むら深く眠りけるかな   

 

故郷の小径

ふるさとの小径を今日も一人も通らなかった
夏の真昼の日がさして斑の蝶が一羽とまっていた
その小径をぬけて田んぼが広がり
蛙が盛んに鳴きひびいた
道の辻に大正時代の道標があった
村と村は昔は遠かった
今は車で遠くへ遠くへと向かう
心も遠くへと常に向かっている
ふるさとの小径は今日も一人も通らなかった
夏の真昼に影なして小鳥が歌っていた
ひそやかに菖蒲が数本咲いていた
田舎の真昼は静まり返っている
ああ 騒ぎなき日のもどりぬ
草むらに気づかれずにトオスミがとまっている
ふるさとの小径は今日も一人も通らなかった
紫の文目がひっそりと咲いている
ここに車の音はひびかない
昔から人のみが通う道
小鳥が森にのどかに歌っている
乱されるものがなくその美声のひびく
里の家の土蔵は古り
夏の柳はしだれる
今日水無河原の水は流れて
竹に風はそよぎゆれて日は暮れぬ


田舎の魅力というときいろいろあるが小径が意外と魅力がある
いつも通る小径がそうである、あそこは隠されていて一日人が通らない、クルマも通らない
その道は自分一人が通っている道にもなる
そういう道が田舎にある、でもわからないのである
原町とか相馬市になるとそういう道はわからなくなる
そういう道はまずクルマを使っていたらわからない

でも昔は人が通った道であり村と村をつないだ道である
そもそも昔は歩くほかないから歩いた道だからである
だから道標があったが日立木に三里半とか書いてある
いろいろな方向が書いてある、やはり距離としての目安が必要だったのかとなる
今は距離など関係ない、車で一飛びとなるからである
こういう小径とかを行くのはマウテンバイクがいい、舗装されていないからである
今度の電動のマウテンバイクは自分にあった自転車だった
ロードは高いのを買ったけど全く使いなくて損した
ロードは若い人向きである、また老人でも乗っているが若い時から乗っていて慣れているからできる
普通はロードは老人に向いていない

とにかくあそこの小径は自然がある、今日はトンボが盛んにむれとんでいた
なぜあそこにそんなにトンボが群れてとんでいたのか?
荒地化したところでそうなったのか?でもその辺は田んぼは回復している
ほんの一部が荒地になっているだけである

なしょうぶ(花菖蒲) 

葉が菖蒲に似ていて花を咲かせるから。

あやめ(菖蒲) 

剣状の細い葉が縦に並んでいる様子が文目(あやめ)模様。花基部の網目模様からの説もあり。

かきつばた(杜若) 

かきつばたの色(青紫)を染み出させ布などに書き付けた、つまり衣の染料に使われたことから「書付花」と呼ばれていたのがなまったもの。

菖蒲は花が大きい葉も大きい、菖蒲(あやめ)花も小さく文目ともあてる、乾燥地に咲く、今日私が見たのは文目である
野生のものだからである、でもあそこの池は枯れたのか?ちいさい溜池だった
すぐ近くに大きな溜池があるからあそはなになのか?

あそこには小さな丘があり眺めがいい場がある、樅の木が立っている、でもそこに上る道は草に埋もれていた
だからあそこの道は誰も通らないのである
そういう道を通り静かな田舎で過ごす、そういうことは震災前からつづいていた
でも介護とか自分の病気とか津波とか原発事故でこの辺は騒々しくなったのである
それで前のような静かな日がもどってきたのかとなり安らいだのである





2019年07月04日

なぜニーチェに魅了されるのか? (社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから))

なぜニーチェに魅了されのか?

(社会と別な世界をイメージしてそこに自らの理想の世界を作り上げたから)

なぜニーチェに魅了されるのか?
この理由は深く現代の文明と関係している
現代文明とは混沌(カオス)である、東京でもそれは何なのか?
もう怪物でありその全体を知るものはない、原発でも複雑すぎて所長すら肝心なことを知らなかったし社長だからといって会社のすべてを熟知することは不可能なのである
人間もそこでは無数の部品になる、膨大なパーツの集合体が社会である
そこで仕事するとなるとただほんの一部品となるだけなのである
それでもそのことに意味があり価値があるとしてもどうしても何かの職につくこと自体一つの部品化するのである
人間はしょせんそんなものでしかない、要するに社会は複雑巨大化して一個人など摩天楼を見上げている大衆の一人にすぎないとなる

それで人間を大きくするときどうするのか?
現実社会にはありえない、何かの職につくときどんな職でも一部品と化す社会である
それで自ら巨大化するときどうするのか?
現実社会ではもうありえない、人間は無数の大衆の一人としてまぎれる
それは名もない個性もない群衆なのである
そこに個人が大きくなれるものはなにもない、それより政治なら数であり経済も数である文明社会は数が支配する、宗教でも数である、どれだけの数を集めるかでそれが巨大化して何ものかとして認識される
創価で700百万票とったとかなるとみんな注目して恐れる
それも前に書いたように幽霊会員が何百万人もいるのだ
ただ一応会員になっているが何にも活動もしていない、だから一票を入れないものさえあるからそういう人たちを回って一票いれてくれと頼み回るのが幹部の仕事だとなる
つまりこれと同じようなものである
膨大な大衆、幽霊会員の集合体が現代の文明社会である
民主主義自体が数であり数がすべてなのである
人間が実体のない幽霊と化しているのである

だからニーチェとかアウトサイダーはそういう文明社会から離脱する、それがヘンリーミラーとか上野霄里(しょうりしょうり)とかなる
ニーチェはその最たるものである、そしてなぜニーチェに魅了されるのか?
それは文明社会から離脱して別な一つの世界を作りあげてそこに自らを超人として配置したことにあった
なぜなら現代文明社会ではそうした統一体はありえない、無数の部品の集合体でありその全体をみれる人などいないからである

だから自らを巨大化して主人とするときそうした別な現実には存在しない一つの理想の世界を作りあげてそこで主人になるほかないのである
それはあくまでもイメージされた一つの世界で主人になることである
するとその中で超人であれ巨人としてふるまうことができる
何よりそこで不思議に言葉が活きてくるのである
第一文明社会ではもう商業語とか騒音語なのかロボット語なのか言葉がロゴスが通じなくなっているからだ、言葉が通じないということは事物と物と結びつかないことなのである
そういうことをピカートが「沈黙の世界」で書いた
そうして言葉がもう通じなくなったという時、ナチスが生まれたと分析している
ただヒットラーと叫ぶことでドイツが一体化した、それも仮りの異常な一体化でありファシズムとなったのである

東京辺りでももう実際の事物を言葉で表わせないのである
巨大なビルの谷間で人は存在する事物と遊離して乖離している
そこに本来の人間はありえようがないのである
つまり人間存在の危機なのである
相馬郷土史研究というときそれは一つの統一体として全体を見ようとする試みなのである
有機的につながる一つの統一体として見る、そこに個々も活きてくる
でもここでももう有機的つながりは失われている
それだけ地方でも田舎でも職業でもなんでも複雑化している、グロ−バル化もしている
だから昔の村のような帰属意識がなくなり原発事故が原因にしろ街自体が雲霧消散したともなる

そういうことからイメージの世界で一つの世界を作り上げた、そこにツアストラが王者としてふるまうことができる
言葉もそこならひびく、通じるとなる
現実に自分自身も自然と岩であれ石であれ木であれ山とかでも一体化してアイディンティティ化することを田舎で試みてきたのである
田舎ならまだ都会と違って自然の事物でも言葉と結びつくからである
まだ沈黙の世界があるから言葉も活きてくるとなる

岩の神殿
          
岩と岩
向き合いて
暗黙の裡に
契りを交わす
その信は
長く深く堅く
動かざるかな
夢疑うこと勿れ
木と木よ
岩と岩よ
隙もなく稠密に
堅固に積み重ねられて
神殿は形成されぬ
その神の意になる
荘厳な神殿は不壊なり
神が建てしゆえに・・
不埒なものは入れず
そこに花は咲き
まことの実は稔る

この私の詩のように事物と事物は結びつき言葉もそこで活きてくる、ロゴスとなる
常に自然にあれば岩とか木とかが事物として全面に出てくる
ビルとか車の洪水とかではない、自然の事物が顕現して言葉として表現できるのである
でも都会ではそれができない、事物と言葉は分離して乖離して言葉は死んだとなる
つまりニーチェがなぜ魅了されるのかというとき超人とかいろいろあっても根本的には文明社会は別な世界を作り上げたからである
それはダンテの地獄とか天国でもそうである
そういう文明社会とは別な世界をイメージで作り上げてそこで思想とか詩を展開したのである
何か自分の場合、石とか岩とか木とかが心にイメージされる、そういう自然の神殿の中にありアイディンティティ化しているのである

だからニーチェは超人ということに魅せられるとかそれで犯罪が起きるとか言われた
それはそのニーチェが作り出したのはあくまでも仮想の世界でのことであり現実に適応できるものではないのだ
一方批判したキリスト教はあくまでも社会に現実には反映して適応したものである
弱者の思想だとして批判したとしても2000年の歴史で現実を作ってきたのである
ただ現代文明社会が混沌化して迷路化してどこにアイディンティティを求めていいかもわからない、そこに明確に一つの別な世界を作り上げて超人を説くとそれがひびきやすいのである
その手法で魅了されるとなる、自分自身も実はそういう別な世界をイメージしてそこに安らぐとかなる、現実の文明社会を否定して拒否してそういう自分自身の理想の世界に天国を作る、そもそも天国と言っても現実の自然から人間が作り上げるほかないのである
ただ神との約束が厳粛にありそれは神の国へと導くものである
ただ神の国がいかなるものかはあくまでもイメージしたものであり見ることはできないのである、ただビジョンとして見える時確かにそれは天国でありえるとなる

正直ニーチェとかアウトサイダーを語ること至難になる、私自身はそこに岩とか木でも詩的なものとしてイメージした自然と一体化したアイディンティティ化したものがあるので魅了されるとなる、このニーチェにふれて危険なのは偶像化することである
自らが神としたのだから偶像なのである
偶像は自ら倒れざるを得ないのである、ただそれでも超越的なものを目指して自ら倒れた巨大な偶像だったとなる、現実社会を離脱して仮想の世界を作り上げてそこで偶像化して倒れたのである、それは自ら演出して自ら倒れたとなる

何か現代では現実と想像の世界が区別がつかくなるのである
三島由紀夫でもそれが自らの演出だったが社会の現実となったときそのギャップにとまどったのである
テレビでマスコミでも有名になったからその人はそうしたブラウン管とかの中の架空の存在にも見えたのである、だからテレビとかメデアというのは何か現実が仮想化するし仮想が現実するのである
テレビの有名なアナウンサーの現物を見たときも不思議な感覚になった
まずそもそもテレビに像が映ることも不思議でありそのこと自体現実なのか?
仮想なのか?そういう問いがうまれる、原始的な部落でテレビを見れば本当に不思議なものとなるからだ
そういう矛盾が生まれたのが現代文明のメデア環境である
それでやらせとか常態化してもそれが現実なのか架空の物のなのか見分けることができないのである
だから三島由紀夫の死とは何だったのか何か不可解なもの、ドラマだったのか現実だったのか今でも明確にできないのである

大分前の映画の「ネットワーク」でもそうである
あらゆるものがショーでありニュースもショーである
それは見世物として視聴率を稼ぐものとしてある
だから予言者役にアナウンサーがなった、それでヒットした
でもそれはあくまでもショーである、そして最後はテレビの中で殺された
それもショーであり視聴率を上げるためになんでもする
そして何がなのか現実なのか架空のかわからなくなる
テレビでもやらせがあるのはテレビという媒体がそうさせる
視聴率を稼ぐためにより過激なものをショーとして提供するからだ
テレビを見ている人はより刺激的なショーを期待しているからそうなる
だから本を読むのでも何か目的をもってみる、それがインタ−ネットだとキーワードを入れて目的のものを捜すということ知識の世界が広がる
それはショー見たいからではないからそうなるのである

インタ−ネットの問題はニーチェでも浅薄な批評にあふれる、言いたいことが言えるからそうなる
沈黙して語れとニーチェが言っているがもう成熟しなくてもネットだと語れる
そこでそうした浅薄なものが検索で無数にててくることで時間の無駄になっていることも問題なのである
そこに良質なものがあればそうはならない、何が価値あるのか判別できずインタ−ネットにあふれてしまっている
ただ学術論文などはそれなりのレベルを保つから参考になる
まずニーチェを語れる人自体が本当に極わずかだと思う
それだけ含蓄ある一つの世界を創出したからだともなる


2019年07月05日

人生で一番後悔すること (タイミングが人生を決めるー時間は飛んでたちまち消える)


人生で一番後悔すること

(タイミングが人生を決めるー時間は飛んでたちまち消える)


人生で一番後悔することは何か?
それは卑近なことでも必ずタイミングを逃していることである
例えば婚活というのでいろいろプログで指導する女性がいる
でも本当に結婚とかどうして決まるのだろうか?
いろいろ双方に要望があるし完全な人などいない
そこで選択することは困難を極める

では何によって決まるのか?

それはタイミングだ

第一まず結婚しようとするとき最も大事なのは双方のタイミングなのである
それで婚期を逃すことが結婚するタイミングを逃すことが最大の問題なのである
それは自分自身のことでもあった

誰かを選ぶより会うタイミングである

何か結婚した夫婦を見ていると不釣り合いなものを見る
なぜこんな男が美人であり頭がいい女性と結婚しているのか?
その逆も普通にある

それはその二人があったタイミングにある

ある女性は近くに住んでいる男性が親が死んだことでかかわり結婚した
その家に一人になったからそこに通っているうちに結婚した
それも好き嫌いとかではなくそういう時に出会ったことで結婚になった
その人がどういう人かはあまり関係なかったかもしれない

第一人間の時間は限られている

その時を逃したら遂に何もできなくなる
老人なってもできると思ってもできない
なぜなら何か自分でも旅行しようとしてバッグを買ったり用意した
それから語学を勉強しようともした、でもできない、時間もないし頭もまわらない
語学を身につける時間が過ぎてしまったということなのだ

それはあらゆることに言える、恋愛であれ結婚であれ勉強であれそして最大に重要な求道すらそうだった
宗教とか信仰は老人になってやればいいとかないのである
若い時に求道しないものはもうできないのである
つくづくTime fly(flies)というけど本当にそうである、時間は飛んで消失してしまうのである

人間に与えられた時間が限られている→成すことも限られている

だから男女の出会いでも一番大事なのはタイミングなのである
相手がどうのこうのという前にそのタイミングが婚期を逃したらもう結婚もできないのである、特に婚期を逃すことを親が恐れるのは女性は劣化するのが早いからである

人間には結婚でもそんなに相手を吟味して選んでいる時間がないのである
その内に婚期を逃す、ただそれで離婚も多いのである
つまりじっくり選ぶ時間が人間に与えられていないからである

そして老人になり・・・しておけば良かったとなってみんな終わっているのである

何かをすべき時間がなくなってしまうのである
例え老人でも今は長生きだとしても第一頭が回らなくなる
それで老人はこれまで積み重ねた経験を活かすのである
遂には認知症になると昔のことを千回を語りつづけることになる
それが生きた証だったからである
もう何かを経験するタイミングは時間は失われたのである

だから本当に時間がタイミングだ人間を決める、人間の時間は限られている
たちまち飛んで消えるのである、そして二度と青春でも時間は戻ってこないのである
これが人間にとって一番厳粛なことだったと思う
人生は二度はないことである、時間などいくらでもある、またやり直せばいいとはならない、もうやり直すことは不可能である、ただ後は死があるだけである
だから人間の一生はほぼ30までで決まる
それで最初に20代でも就職とかでつまづき非正規とニートになると一生そうなってしまう、またカルトなどの宗教団体からぬけないと一生ぬけられないとかなる
30までに人生の方向が決まるのである
そしてやり直す時間はない、戻ってこないのである 


1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、 
2 また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。(聖書ーコレへトの言葉)

この「なんの楽しみもない」というときそれは働きづめの人生を言っているのか?
老人になって何もするものがないという、そういう人の人生は何だったのか自問自答している人もいる
会社という場から離れたとき生きがいも喪失する
例えば村とかで村全体で生きていれば死ぬまでその一員でありそこがアイディンティティを築く場だからそこから離脱して死ぬことはないのである
死んでも今度は先祖となり春の田植えの時は山からおりてくるというふうに継続した生がある
そういう連続性が今の社会にはない、そこで老人は用ないものとされている、それは金があっても用ないものとされる

とにかく人間は老人になると馬鹿でも見えてくるものがある、人生とはこんなものだったのかと悟らせられるからである
永遠に時間は帰ってこない、何かを成すべき時間は失われたのである、そして死があるだけだとなる

2019年07月06日

日本人の精神は日本語に継続されていた (戦前にあった日本の美徳がすべて否定されことの問題)


日本人の精神は日本語に継続されていた

(戦前にあった日本の美徳がすべて否定されことの問題)

お得意さんというときそれは今でもあるし京都だと一元さんはお断りとかある
お得意さんという言葉がなくなる時そういう社会もなくなっている
私の家では店をしていたからお得意さんとかあって良く子供の時配達させられた
その頃御用聞きとかは江戸時代からあった、親しく長く出入りしている商人とかでも職人でもそうである
そういうことは狭い範囲で生活しているときそうなった
いつもなじみの人である、何かそういうことが基本にあった
それは交通が発達しないから狭い範囲が生活していたからである
向こう三軒両隣とかもそうである、日本では世間というとき何なのか?
それは村とか狭い範囲なのである、それでそういう所で生活する基本は争わないことなのである、争いがあるといつも同じ場所に生活するから困るのである

自分も隣の市の人と争って縁を切った、でも実際はその近くに用があって行っている
すると会ったら嫌だなとなるが一応離れているからまだいいとなる
それが村のような所だったら喧嘩してもいつも会っているのだから困るとなる
日本人の人間関係はこうして狭い場所で作られてきた
それは国自体がそうだった、日本人は異民族に攻められ征服されたことがないのである
海に囲まれているから縄文時代から日本は日本人同士で大きな争いを経験せず何千年も生きてきたとなる
それで勝海舟と西郷隆盛が会見したとき「日本人同士だからわかる」となり江戸は無血開城されたのである、日本人ならわかる、通じるということは日本人は民族の争いがなかったことである、大陸では様々な民族同士の興亡がありそれはヨ−ロッパでも中国でも同じである、そこで負ければ奴隷にされたのである
日本語はそういう場で作られてきたから外国語とは異質だとされる
それで林秀彦の日本語論は外国で長く暮らしていたから説得力がある

とにかく戦前にあった日本の言葉が今になると理解できない、消えている
それは国家と一体となり結びついたものだから理解しにくくなる
戦争中に使われた言葉がそうである、戦争後はそうした戦争自体が否定されたからその言葉も死語となったのである、その言葉には日本人が長年伝えたものがあったということを林秀彦は経験から指摘している
でも彼がその日本語を体験したのは小学生の時でありそれでもそれだけその言葉が精神と一体化していたのである、だから戦前で子供の時育ったとしても戦後に育ったものとは大きな差がある、断絶がある
つまりなぜ戦前の言葉が理解できないのか?
そういう日本社会が喪失して消えたからだとなる

そして天皇自体が日本国を背負っていた時代の喪失であった
天皇は日本の国体を背負う象徴だったのである
戦後はしきりに平和とかばかり強調されて天皇の位置づけが戦前でまるで違ったものになったからである

「教育勅語」

 朕惟(ちんこおも)フニ、我カ皇祖皇宗(こうそこうそう)國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ徳(とく)ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ。 
 我カ臣民、克(よ)ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心を一(いち)ニシテ世々(よよ)厥(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ此(こ)レ我カ國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ教育の淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス。

 Know ye,Our subjects:Our imperial Anecestors have founded Our Empire on a basisbroad and everlasting have deeply and firmly implanted virture

日本の歴史を背負い国体というとき日本の自然と一体化しての美と徳の顕現を示すものとして格調高く宣べられた
こういう言葉が天皇から出たという時、それは日本の歴史を受け継ぐ象徴として天皇があったからだとなる

ただここに英語でもその格調高さは表現されているが天皇というのは戦後否定されてきたのである
国体というときこれも今では死語になっているが日本の自然のことなのである
日本の徳と自然が合致したものとしてこの荘重な言葉が述べられたのである

それで依然として日本の自然は今もある

(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ此(こ)レ我カ國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ教育の淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス

天皇がなくても日本の自然はありその精華はあり実もある、富士山は今も美麗に聳えて日本の象徴としてある 

これは私が詩にしてきた木とか石とか岩のことでもある、つまり天皇というのは否定されたが日本の自然は残りそこに美と徳がありうる、石とは忍耐とかを示して木でも人間の徳と一致させる、日本語の真直(まなお)だとかなる

 The tree has being everlasting have deeply and firmly implanted virture deeply and firmly implanted virture

ただ天皇は否定されたのが戦後である、そして戦後に日本自体が歴史的に継続された国体の美と徳を失った、当然のその言葉も失ったのである
なぜなら戦後民主主義が導入されたとき一番頻繁に利用されたのが権利である、その権利とはもともと英語ではright(正義)であったが権利とは利を求める権である、権は権力なのである、日本人はrightをもとめているのではない、利をえるための権力を求めているだけなのである、権利は最初は権理と訳されていた、となるとリーズンがあるからこっちの方が訳として良かったのかとも思う

民主主義とはまさに日本国民全員がただひたすら利を求めることに変わったのである、他者を蹴落としても利を求める
それは政治でも社会全体でもそうである、教育でもそうである、戦後の教育は受験戦争であり他者を蹴落としても利をえるためにいい会社に入るとか官僚になって地位を得て楽な暮らしをするとしかないのである
そこに同胞という感覚すらなくなったのである、それはそういう言葉がなくなったことでもわかる
友垣とかあってもそういう言葉がひびかないのは社会自体にそういうものがなくなったからである
つまり民主主義は民利主義として訳した方が現実にあっているのである

だから戦後70年経てそうした日本の歴史とか失われた精神を回復することである、民主主義とかは日本に根付かなかった、そして戦前のことは戦争がありすべて否定的なものとして教育されたし国もなった
でも結果として日本から日本人がもっていた徳も美も喪失したのである
戦前を戦争があったとしても日本の歴史を継続したものがありそこにいいものがあった、それで教育勅語でもアメリカでは評価している、つまり民主主義というときそれはヨ−ロッパとかアメリカの価値観でありそれをすべて日本にあてはめることはできずに荒廃したのである
だから国風文化というとき江戸時代であり明治以降は違うとなるが戦前は国風文化として日本がありそれで日本語を歴史として継承されていたのである、だから戦前を戦争のためにすべて否定することは日本が日本でなくなることでありそれで日本語について日本人自身がたずねてその日本人のアイディンティティを再生するべきだとなる

いづれにしろお得意さんがなるなるということはそういう社会がなくなったということである
コンビニに十年間買いに行ってもお得意さんには決してならないしスーパーでも毎日通ってもお得意さんにはならない
多数の中の一人であり客としても認識されない、それでコンビニで100円のパンを間違ってポケットに入れて犯罪者にされた
そこでは決してお得意さんにはならないからである
コンビニに来るのはクルマで遠い所からよる人が多い、地元とはあまり関係ないからである
交通が発達した結果としてクルマ社会になりコンビニが生まれた、それはそういう社会になったときお得意さんときう言葉も消えたのである、ある言葉が社会で通用しなくなる時その実態となるものが社会から喪失したからである
だから戦争から戦争前にあった日本語が通じくなくなったのである