2006年07月27日

高齢化社会の悲惨(役割喪失がボケに通じている)


人間の価値観は時代によって変わってくる。労働が尊ばれ老人も尊ばれてきた。21世紀にはそうした今までの価値観では考えられない時代なのだ。20世紀までは老人は少ないし尊ばれるのが当然だった。老人は数が少ないから尊ばれてきたのである。姥捨山伝説は親孝行を奨励するために作られた伝説であり悲惨な現実はなかった。現代こそいたるところに姥捨山が存在しているのだ。特養とかにはそうした老人が無数にいる。一見衣食住が保証されて楽だから姥捨山とは違うと思いがちだが実際は生きながら死んだような状態にされている老人が多いのだ。衣食住が保証されても必ずしも人間は幸福ではない、それは動物化される、家畜化されることである。餌だけを与えられても人間は幸せにはなり得ないのだ。

認知症、ボケの問題も実は超高齢化社会とともに起きてきた問題である。この問題が単に体だけの病気の問題ではない、社会のひずみと関係して生じた問題でもある。まず未だ経験したことのない超高齢化社会になり認知症、ボケになるリスクが増大したのだ。老化とともに体や脳が弱体化して認知症にかかりやすくなったのである。実際85才以上になると4人に一人がぼける。90才では三人に一人である。高齢化とともにそのリスクは増大するのだ。高齢化特有の問題であることは明らかである。なぜぼけるのか、認知症になるのかの原因は高齢化による老化が原因であることは誰も疑うことはできないのだ。だから高齢化とともにそのリスクは誰にでもある病気なのである。

つまり超高齢化社会とは人類の歴史で経験したことのない世界なのである。だから今までの老人は敬われるべきだとかが成り立たなくなることもありうる。衣食住が保証されてもそれは人間として敬われているわけではない、餌を与えられるだけの人間ならざるものとして生かされている悲惨な現実がある。何の反応もなく言葉も交わすことなくただ毎日餌だけは与えられ何を喜びに生きているかもわからないような老人は果たして人間として生きているかどうかもわからない、生きながら死んでいるのかもしれない、そうして生かされていることは一見ありがたい、豊かな現代だからできたとなるが反面人間としては死んでいる悲惨だともなる。特に認知症になるとその悲惨さが際立って余りにも酷いとなる。

認知症とかぼけるのはなぜなのか?この原因はわからないが認知症になっても老人性の認知症なら回りの人が脳リハビリをしたりいろいろ人間的な接触をすると回復したり進行がとまったりするというのは老人が現実生活で人間らしく生きられない、人間としての役割を与えられていないからなのだ。昔の大家族の中でもっていた老人の役割とかが家庭でも社会でも失われた結果、老人はただ生物学的に植物的に科学の発達で生命をのばすだけの肉体的存在だけになってしまっている。精神的存在としての役割がない、それが最大の問題である。人間は肉体だけを維持する機械ではない、精神的役割が失われるとき人間は生きながら死ぬ。だから施設ではいろいろあるとしても家庭でもっていた社会でもっていた役割が喪失するから生きながら姥捨山になりやすい、施設ではさらに認知症になりやすい環境になっていて一般社会で暮らす人より認知症になる割合が高いのである。

女性でも嫁に家の仕事が奪われて無用化され役割がなくなりそれがボケに通じていたり退職して会社での役割を喪失してボケ安くなったりとこれも役割喪失からボケになりやすくなる。団塊の世代の大量退職でそうしたボケになる人がふえてくるのは役割がどこにもないということに起因している。ただ寿命を伸ばすだけの生物学的存在になってしまう。認知症になっても家事とかをやらせたりその人に役割をもたせる。また家庭でその人が尊重され必要とされ役割が与えられれば進行がとまったり回復したりするのはやはりこれは老人の役割の喪失によることがボケの原因になっていることは確かなのだ。
この記事へのコメント
仰るとおりです。私は79歳になりましたが、マンションで一人住まい本当につまりません
何のために生きているのか解らないんです。
外地にいる娘にはボランテイアをすれば言いといいますがリュウマチでできません。
自分のことは未だできますがこの頃は足が痛くとても意気消沈しています。
生活は何とかできますが行く先不安だらけお正月もだれも訪れる無く淋しいおしょうがつでした。お年寄りが愉しそうにしているとうらやましいです。老夫婦が散歩していると本当に羨ましいです。夫婦は年を取ってからが大切な存在だとつくずく思うこの頃です。
色々教えていただけて感謝申し上げます。
Posted by 森田 よし子 at 2009年01月08日 14:34
79才ですか、一人の正月ですか
淋しいですね、マンションでは特にそうでしょうね
老夫婦がうらやましいのもわかります、
夫が妻に四六時中つきそって介護していたのを病院で見ましたから
連れ添いがないことは本当にさみしいでしょう
都会と田舎の老人はかなり違っています
田舎の方がやはり老人には住みやすいでしょう
それにしても79才でインタ-ネットししているのは驚きですね
インタ-ネットだけに向かっているのも淋しいでしょう

今日は満月がきれいだったけど都会だと月もきれいに見えるのか、マンションの生活自体よくわからないですから・・・・
Posted by 小林 at 2009年01月11日 22:38
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