2006年04月14日

あどけない花(おごりたかぶる人間の末路)

twoinnocent.JPG

あどけない花(おごりたかぶる人間の末路)

鉢一つあどけなき花二輪咲きまた一輪のここに咲くかな

人は、見せかけ、上辺、血筋などで見るが、神は心を見る(サムエル第一16章7節)

すべてその心に思い図ることは悪いことばかりであるのを見られた(創世記−6)
「人の心は偽るもので、はなはだしく悪に染まっている、だれがこれをよく知り得よう 主である私は心を探り、思いを試みる」エリミヤ17−10


人の心と脳の関係がどうなっているのか、これはある部分がある働きをしているとか科学的な研究も確かにすすんでいる。アルツハイマ−型認知症というのが女性に多いというのはなぜなのか?これは女性は感情の動物でありより本能的に生きる。だから感情に生きるからこの感情の作用、ストレスを受けると老化して弱っている記憶する領域の海馬が損傷して認知症になりやすい、扁桃と海馬は一体不二になっているからだ。そこから前頭前野に波及して低能化されてしまう。これはないとなく科学的に納得いくのだが実際は脳と心がどうなっているかなど永遠にわからない、神が心を見ているというとき神しか人間の心を見ることができないのである。心とはそれほど複雑でありわからない、慈善をしてしいてもその心はどうなっているのか?そこには無心というより人に良くみられたいとか慈善を装うということもいくらでもあるからあまりその行為からその人の善し悪しを判断できないのである。「人の心は偽るもので、はなはだしく悪に染まっている、だれがこれをよく知り得よう」つまり人の心はどんな科学者でも脳を研究してもわからないのである。そこに認知症の解明しがたい謎があるのだ。

認知症の謎はどうして銀行から自分の金をおろせなくなるのか?こんな簡単なことが自分でできなくなるかということである。結構世間的なむずかしいことがわかりこんな簡単なことがわからないという不思議なのだ。ハンコとか通帳を隠して無くしたということもあるがどうも銀行とかのことがわからなくなったためなのか解せないのである。住所が新しくなったらその住所を何回も書いていたりするのだが書けないということがある。自分の住所が書けないということがあるのか?小学生でもできることができない、それでいてむずかしいニュ−スとか世間のことはわかっているのだ。だから友達つきあいしておかしくなったということが気づかない人もいる。アルツハイマ−とアルツハイマ−型老人性痴呆症(認知症)は症状はにていても違っている。老人性認知症はある程度治療すると回復する。50代とか若くしてなるアルツハイマ−は良くならない、回復できないから違う。またらボケだと血流がいいときはまともになっているのか正常になっているような錯覚に常におちいる。どこがおかしいのかわからなくなるのだ。

不思議なのは「すべてその心に思い図ることは悪いことばかりであるのを見られた」人間は認知症でも知的障害者でも悪巧みとか悪知恵が働かなくなるし無力化無権利化、無能化低能化される。金を持ち地位があり腕力があるとき要するに権力があるとき人間は威張る、権力を傘にきる、これは宗教団体でもそうである。宗教というと権力と無関係というけど宗教団体こそ最もその数や勢力を頼み権力化しているところなのだ。その他人間社会は世界でも権力を傘にきる世界であり権力で動いているのがこの世界である。しかし神の世界はこうした人間の権力に頼る権力で動く世界が無力化される。無能化される。人間は確かに頭いい、知能を授かったのだがこれは自らを神としようとする、自らが賢いとするものでありそれが呪われたものとなった。自ら賢いとして核戦争とかで人類滅亡にもなる。それは自らを賢いとする人間の権力に能力に頼った結果なのである。だから認知症のように人間は無能化される。そのあとに神の知恵により治められる世界が来る。認知症の驚きは人間としていろいろできた人が銀行からも自分の金もおろせなくなるのかという信じられない無能化なのである。

私は童をたてて彼らの君とし、みどりこに彼らをおさめさせる−イザヤ3−4

認知症の驚きは老化して人間がかくまで無能化されるのかということなのだ。このことは他の人間にも文明にも起こる。己の力に高ぶった人間や文明が突然無能化される。機能しなくなる恐怖である。そのあとに神が全権をふるい治めるのだ。その治める物は己の力と才をほこるものではない,欲も何も世間のことすら知らない無知なみどりこだというである。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]