2006年06月11日

認知症の責任能力の不思議


明日MRIに行こうとしたらいつ行くことに決めたんだと怒っている


「明日医者に行く約束したから必ず行かないと・・・」
「私はしていません、聞いていません、あんたたちが勝手にやったのでしょう」
「あなたは忘れているんですよ、何度も言ったし医者にもこの前診てもらったんですよ」
「そんな医者に行った覚えないですよ」
「ええ・・・・」
「あんたたちは勝手に私に相談せずに決めているんですよ」
「でも約束したんだから行かないと困るんですよ」
「私に相談せず勝手に決められては困るんですよ・・・それじゃ信用できない」

豆腐を買いに行って何を買ってくるのかを忘れてまた戻ってきて何を買うんだっけと聞きにきた。そういう激しい忘れ方を何度もしているのにその自覚がない、あなたが忘れたといっても私は忘れないというのだ。

認知症の責任能力を問うとき、そもそも契約してもそれ自体忘れてしまう。だからここに判を押してあなたの署名もありますから金をはらってくださいとといっても契約したことを覚えていないから相手に対して怒ることにもなる。何で契約もしていないのに金はらはなきゃならないのよとか何で勝手にあんたたちが医者に行くことを決めたのとかなる。

認知症の人の契約能力となるとそもそも契約したこと自体忘れているとなると証文をみせてここに動かぬ証拠があると時代劇でやるようなものになる。いくらあなたが知らないとシラをきってもここに証文という動かぬ証拠があるから否定はできないとして説得する。でも本人は納得せず暴れたりすることになる。つまりそうした自分がしたことをまるっきり忘れているから自分の責任をとらない、とりようがないのが病気なのである。もし自分が忘れたのかなと少しでも思いば自分にも責任があったのかとなるが自分が忘れたということを認めないから他人のせいになり他人を責めるのだ。物をなくなったときも自分でなくして隠してもそれが自覚できないから他人のせいにして他人に暴力までふることになるのだ。ここが普通の物忘れと違っているのだ。自分が忘れたのかなと決して思わないのである。

でも裁判でも自分が犯罪を犯していないと言い張る人はいくらでもいる。その証明はどうするかというと目撃者とか物証とか指紋とかいろいろその本人の証言より重んじて罪を確定していく。ただ普通の人だったらこれだけの物証とかあるのだからと自分の罪を認めることがある。でも認知症の人だったら認めないのだ。怖いことは認知症の人が殺人を犯してそれをまるっきり忘れていたらどうなるのか?

「私は殺人をした覚えはない、全くない、なぜ殺人犯にされるのか全くわからない、刑務所から出せ、出せ・・・」

こういいはって暴れつづける。普通の人だったら自分が殺人を犯した場合、それをごまかすためにそうするのだが認知症の人の場合、本当に自分が殺人を犯したことをまるっきり忘れてそう言い張るのだ。だから自分自身も殺人を犯しても犯していないと本気で思っているしどうして殺人犯にされているかわからないから狂気のように暴れるとなる。極端な話がそうなるのだ。いくら殺人の責任を問うても本人はまるっきり忘れてしまっているのだから責任を自覚できないとなるのだ。