2006年06月28日

刑務所の認知症問題(病識をもった認知症)



●刑務所の認知症問題

ある刑務所医の調査では、65歳以上の高齢者の痴呆率は20.9%との報告があります
特に、初入の高齢受刑者は、もともと反社会性にとぼしかったひとが、高齢になって始めて犯罪を起こしており、痴呆の初期症状(まだら呆け症状など)の可能性も考えられます。

http://ksei.exblog.jp/m2006-02-01/#2699149

刑務所でも高齢化が問題になっている。そこでなぜ認知症がこれほど刑務所で多いのか、これは高齢化によって経済事情などが悪くなり高齢者の犯罪がふえてきたのである。刑務所にまで高齢化の波がおしよせているのだ。認知症は環境を変えるのが一番よくないということはわかっている。また配偶者とかの死亡とかが起因となり認知症になる人も多いというデ−タ−は確かなようだ。仲間と 一緒にいた犬もその仲間の死を契機に認知症の犬になってしまったというから共通している。対人関係とか回りの環境の変化は老人には耐えられないのだ。犯罪を犯し刑務所に入るような老人はかなり追い詰められている。特に初入の受刑者はもともと犯罪をおかすような人ではないとすると余計にそうである。相当な環境の激変に耐えられず痴呆化、認知症になったのかもしれない、過度のストレスが加えられると記憶中枢の海馬が損傷して認知症ちなりやすいとある。これはベトナム戦争を経験した人が海馬を損傷して記憶障害になったことが記憶されているからだ。

●病識を持った認知症

我が家の認知症は環境をその人のいいようにしたら回復したことでもわかる。対人関係でもそうだし回りの環境は変わっていない、今まで通りの近所の付き合いもしている。ひどいもの盗られ妄想も消えた。そして病識をもつようになったことである。今までは盗ったとか他者を狂気のうよに責めてきて暴力までになっていた。それがこのごろ自分は変なんだよ、頭が悪くなったとかしきりに自分のどこかが悪いということを言うのである。そして忘れても自分が頭が悪くなって忘れることを言う、他者のせいにしないのである。だからそうなると忘れないようにノ−トに記録しておくとかしないとなとか自分で言うようになった。自分が病気で忘れるから何かその対策をしないとならないと思うようになったのである。それで今までは病院にゆくのいやがっていたが自分で行きたいとなり心療内科に連れていった。前は他人が異常で狂っていると言って近所にも言っていた。ひどいのは盗ったと近所の人に警察まで呼んだりいいふらすのである。

そして恐怖は激しい妄想のとき「盗ったのは誰だ、誰だ」という狂気になったことである。自分自身が忘れて整理できない洗濯物などを盗られたとかクリ−ムが盗られたとか通帳が盗られたとか毎日のように騒いでいたのだ。それで家族の一人は暴力となりいられなくなったのだ。これは病識がないから犯人は自分なのにその自覚がないからそうなるのだ。そして認知症の不思議は整理できなくなることなのだ。置くべき所でないところに物を置くのだ。財布を下駄箱に置いたり食器を箪笥の中に入れたり変な所にしまうのである。それで行方不明になったのがかなりある。どこにしまったかわからなくなっている。これはわざと盗られると思い隠すのかと思っていたらそれだけではなく自分でもどうしてかわからないけどそういう置くべきでないところに置いてしまうんだよと困った顔して言うようになった。つまり脳が自分の思う通りに働かずそうなる。ただそれを他者のせいにしないで自分が脳の働きが悪くなり変なことをしてしまうということを自覚するようになったのである。これはかなり回復したことではないか?病識をもつ物ともたない物はかなり違うのだ。自分が病気のために変なことをすることがわかればそうしないように指導したりそうならないようにするにはどうすればいいか相手の言うことにも従うからである。

いづれにしろ刑務所まで認知症の問題が波及していることはこの問題がいかに社会を巻き込んでいるかわかる。フィクションとして書いた認知症の責任問題の不思議に刑務所のことを書いたのでそこを読んだ。認知症の人は犯罪を犯してもまるっきり忘れるとなるとその犯罪の認識もできないし罪を悔いることもできないから更生もできない、認知症の人は一時期暴力をふるったことなど忘れているのだ。だから例えば相手を傷つけても極端な場合、殺人を犯してもそのことをまるっきり忘れているとしたら犯罪を犯したという認識もないし罪を悔いることもないから犯罪者として扱うこともできないし刑罰を与えるにしてもその刑罰がどうして与えられるのかわからないからそれもできない、ただ精神病者と同じように社会で犯罪を犯さないように隔離するほかないとなる。しかしその世話は大変だとなる。刑務所に収容するより施設に入れる他ないのである。刑務所に入れても認知症になったらその意味がないからだ。
「あなたはこういう犯罪を犯したのだからここでその罪の償いをしないといけないんです」
「ええ、私がそんな犯罪を犯した、私はそんなことしていませんよ」
「おまえ、しらをきるきか、証拠は十二分にあるんだ、嘘をつくな」
「私は何もしらない、犯罪など犯していない、ここからだしてくれ・・・」
こういうふうに認知症の人が言うとき本人は本当にそう思っているのだからどうしようもないとなる。つまり犯罪を認識する能力がなくなっているのだ。

●キ-ワ-ドからの逆探査は必須

キ-ワ-ドでは「福祉関係の仕事 給料」「認知症の原因」・・・・認知症関係が多い、認知症の原因というときこれもあまりに認知症が謎めいた病気だからなのだ。福祉関係の給料を調べている人がかなりいる。福祉関係の仕事の給料は一般の企業とはちがい営利事業として追求するのがむずかしい。仕事自体は他の仕事よりきついのに安いのは理解した。でも福祉関係の仕事は何か別なメリットを追求する必要がある。例えば給料だけでなく介護する家族とのつながりとかから給料だけではないものを得る、感謝の言葉などいらないというのもわかるが営利事業とは違う別な報酬があるべき仕事なのだ。それは金銭的報酬にもつながる。手術した腕のいい医者に金銭を与えるなどしているように何かいい看護してくれた人にはお礼として家族が給料の他に別に与えるとかが必要な気がする。気持ちとしても必要である。福祉はあからさまに営利を追求するのに向いていないことが給料が安いとかの不満になっているからだ。

リンクをたどりどんなキ-ワ-ドできているか調べるのが前のホ−ムペ−ジでも日課だった。というのは自分の場合コメントがないから反応はこれからしかわからないからだ。そしてプログはコメントスパムとかトラックバックスパムとかが外国からくる、アクセス数も百は外国からのリンクなのだ。だから正確なアクセス数がわからない、でも今日は外国からのリンクはゼロですでに74の訪問者がきている。これはかなりの数ではないか?やはり毎日百以上はきているのか?昨日も30くらいが外国からのリンクでありそれでも160くらいの訪問者だったから百以上はきていることは間違いないのだろう。コメントスパムで困ってコメントをできないようにしていたが一部復活した。プログは実際は一方的に発言することが多い、会話するのは別な掲示板の方がわかりやすい感じだ。

今回の刑務所の認知症問題というのは特異なものなので興味をもったし逆探査で情報の世界が広がるのがインタ−ネットなのである。だからアクセス解析は詳しくできないとだめなのだ。本サイトは今それをしてないから全く反応を見ていないのでわからなくなってしまった。やはりインタ−ネットはなんらかの反応がないと生きてこないのである。なんとか本サイトも手を入れたいのだが忙しくてできないのだ。病人をかかえると今までの半分くらい時間をとられてしまうことがわかったし自分のこと自分の病気すらみれなくなることがわかった。


この記事へのコメント
NHKで介護で心中しようとした母と息子のこととりあげていたけど息子が働いているから母を施設に昼間あづけていた、これが慣れないので夜に症状が悪くなりあばれたというのはやはり認知症には環境を変えることが悪いことがわかる

日中でも親しい人がそばにいて安心感を与えないと不安になるからだ、でも仕事でできなかったり
条件が悪いとできない、認知症はやっかいな病気なのである。

経済的問題も大きいのか、最後の頼みはやはり金だとなるのか、親戚もいず誰にも頼れなかったというのが悲しい、金があれば施設にも入れられたというのは何か不公平である

これから介護は親二人を一人で背負うとか負担が大きすぎるのだ、ともかく認知症の介護のポイントは環境を変えないこと、その人が安心感を得られる環境が大事なのだがこれがむずかしいから認知症がすすむことは確かなようだ
Posted by 老鶯 at 2006年06月28日 20:25

しかしこの人には何かいい方法がなかったのかな
金もない、人手もなかったがいいことも一つだけあった

この人はおそらく健康だった、これはかなりの強みだ、介護して介護者が病気になっている人もいる 老々介護ではそうなりやすい、自分も一度は腰の病気になり次には・・・の病気になっている
介護者が病気になることもかなり辛いことなのだ
すべてが悪いこように見えても必ずいいことはあった・・・介護者が健康ということはそこからなんらかのいい方向に向かう糸口があったかもしれない・・・・
Posted by 老鶯 at 2006年06月28日 22:11
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