2006年07月15日

NHKの福祉番組を見て(男性は介護に向いていない)


NHKの福祉番組の福祉と短歌で二組の認知症の介護の人を紹介していた。一組はなんの感動もなかった。ただ徘徊していたのが体が弱り寝たきりになり入院しただけであった。認知症は寝たきりになった方が楽だというから確かにそうである。二組目の人は感動ものだった。8年も主人を介護していた。その苦闘のプロセスはわからないがその主人用のために特別の釜でご飯をたきつづけて死んでも仏前にそのご飯を今も供えつづけている。その主人をみとった妻が言うには穏やかに死んでくれました。穏やかに死んでもらうことが願いでしたと言っていた。何も私には言いませんでしたが穏やかな顔で死んでくれたので他の人も認めてくれましたと話していた。どういう認知症だったのかわからないがもし重度の認知症でいろいろなこと重度の症状がでていたらこの女性はすごい人だなと思った。8年間もよくめんどう見つづけることができたと感心したのである。

認知症の介護は人に左右される。日頃関係のいい人でないと介護できないのである。日頃家庭で争っていたりすると介護ができない、他の人でもヘルパ−でもよほどその人と相性がよくあわないとできないことが一番問題なのだ。だから負担は日頃関係の良かった人にかかる。その人はこんなに愛情深く介護したら最後は穏やかに死ぬということだろう。つまり重度の認知症は私自身は実際に見ているわけではないが介護日記などを読んでもあまりにひどすぎるからだ。だからこそ穏やかな顔で死んでくれたということが救いとなっている。最後は子供と母親のようになっていたという、乳をまさぐると落ち着いて眠ったりするから子供をあやすような状態になっていた。

女性の方が介護には向いている。男性は介護には向いていない、こうした母親のような介護ができないからだ。女性の優れた点がこういうところに発揮されるからだ。母性愛をもっているしそれが介護でも生きてくる。それにしても回りの親戚などでも8年脳溢血の人を介護したとか若いとき肺を半分とった主人をず−と死ぬまで見ていたとか信じられない介護の経験を持つ女性がいる。こういうことをできるのが女性であり女性の忍耐心である。男にはできないものを女性はもっている。こういう女性にみとられた男性は果報者だとなる。死んでからも特製のご飯を仏壇に供えつづけているというからそこまで尽くされていることに感心する。

介護で親を殺したり自殺したりするのは男性が多いことでも男性は介護に向いていないのだ。実際に介護している人も女性が9割以上なのである。認知症の介護も女性が圧倒的に多いから集まりに行っても男は浮いてしまうからヘルパ−が指導して男だけの集まりをもたせるようになったということがわかる。料理からして男は向いていないし介護には料理も深く関係してくるし女性的な細心な配慮もたりないから男に介護は向かないのである。ただこれから介護がふえてくると男も介護にかかわらざるをえなくなる。特に認知症は男だけではない、妻が認知症になったら夫がめんどうみざるをえなくなる。

そして認知症は世話する人によって確かに症状が良くなったり悪くなったりするのだ。本来妻が世話すべきところを病気でできなくなった結果主人が悲惨な結果になったという本をだしたその娘が語っていた。介護する人に恵まれないと悲惨な結果になる。重度になってしまうのはそうした介護する人に恵まれない結果なのだろうか?それともこの病気は若年性アルツハイマ−のように脳が萎縮してしまうのだから病気が進行してみんな悲惨な死を迎えるのか?そこが大きな疑問なのである。つまりこの病気は穏やかに死んでくれれば一番いい結果なのである。重度になるとあまりにも人間として悲惨であるからだ。自分もそうなるのを一番恐れているからなんとか穏やかに死んでくれということで番組の女性に感心したのである。
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