2006年07月16日

銀行 金おろせない(数字、漢字がわからない認知症−抽象化思考できない)

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●数字は抽象化されたもの

認知症の謎は今日もキ-ワ-ドみたら「銀行 金おろせない」とかあった。銀行に金があっても金があることが理解できないである。年金が銀行に送られる通知のハガキや定期預金の満期のハガキを見てもわからないのだ。それはなぜなのかというと数字であり数字の意味しているものがわからないのだ。数字が金であるということが理解できなくなっている。つまり認知症は抽象的なことが理解できなくなる。抽象ということは人間にとってかなり高度な知的作業であり抽象化が文明を作ったのである。数というのは極めて抽象的な思考の最たるものでありこの数の認識が文明を作った。木が一本でも動物が一匹でも人間が一人でも石が一個でも数の一として認識することはむずかしいのだ。人間でも数として一として数えること自体極めて高度な抽象化なのである。まず数という概念が生まれなかったら文明が生まれようがない、それは抽象化する思考を人間できたからである。


それにしても不思議なのは
「なんでこんなにわからなくなったのか、私は人一倍頭が良かったのにな・・・」
「病気のためだからしょうがないよ、歳がとるとみんななるんだよ、特に85歳以上になると4人に一人とか大勢の人がなる病気なんだよ みんな長生きするからこんな病気ふえたんだよ」
「ふう・・・現代病だね」
この会話も不思議ではないか、自分が銀行のことなどなぜわからなくなったのか嘆いているのだ。前はこれを全部他者のせいにして盗ったと大騒ぎして暴れもしていた。こうして自分のことを病気として認識していることは病識をもっていることはかなりいいことである。病気と認識できること自体、病気と認識できないとはとかなり違っている。他者を責めず自分の病気だと思っているからだ。この病気の不思議は本当に人一倍優秀な人がなっていることなのだ。その中に絵もできれば社会的に活躍していた本物の実践的知識人とか本物の優秀な人も認知症になっているのだ。頭を働かせない人がなるというけどこうした人が実際に認知症になっているのだからあてはまらないからわからない病気なのだ。とにかくこれは現代病だねなどということはいろいろ大人としてわかっている人が言うことであるしそうした大人の会話がわかることがあるがこの抽象的思考ができなくなってしまうことがこの病気の特徴なのだ。数字が金であるということも抽象的なことであるからわからない、現物としして金がないから金がないと思っているのだ。子供でも抽象化して思考することはむずかしいことだから抽象化思考は人間として高度な知的作業なのである。絵画でも抽象化を自分もパソコンでしてきたが一見簡単なようだが意外とむずかしいという面もあったのだ。具体的絵を描く能力がないから自分の場合抽象化絵画をパソコンでやりやすいので試してきたのである。


●文字は抽象化で生まれた

他に漢字も文字も抽象化思考の結果生まれたのである。山であり木であり太陽であれ星であれこれは具体的なものから抽象化して生まれた象形文字である。これが文字の基本であった。さらにアルハベットととなると形がわからなくなるから音だけになるからさらに抽象化したものとなりわかりにくくなる。文字は極めて抽象化思考の結果生まれたものであり認知症になると漢字などが書けなくなったり読めなくなったりするのは抽象化したものを解読することがむずかしくなるからだ。だからまず書類はほとんどわからなくなる。読んでいても何を意味しているかわからないのだ。何回説明してもわからないのである。

認知症の特徴は抽象化思考ができないことが顕著になるということは確かである。だから文章も読むことも書くこともできない普通の世間話ができてもこうしたことはできなくなる。これは若年性アルツハイマで全国を講演している人もどこが悪いのかとみられていたが自分の名前の漢字が書けないのである。簡単な漢字は書けてもむずかしくなると書けないのである。漢字は実際認識して書くことはかなりむずかしい、自分も漢字をパソコンばかりで変換して書いているから書けなくなっている。とにかく抽象化思考は人間にとって文明を築いたように最も大事なものだったのである。

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